その他の空港


北海道各地の空港に飛来していたANKのYS-11。晩年までその姿を見られたのは、函館、稚内、釧路、根室中標津、オホーツク紋別、女満別、そして新千歳。羽田空港で見られた頃の写真も含め、各空港で撮影した姿を紹介します。



札幌・新千歳空港
新千歳空港は、1990年代に一度YS-11の運用が消滅していましたが、2003年のANKのYS-11引退直前、新千歳〜女満別、新千歳〜稚内間で運航が復活。2003年8月31日の最終フライトは、新千歳〜女満別線で行われました。

新千歳空港を離陸、稚内に向かうJA8761。最晩年の新千歳復活の
時の写真。2003年2月。

2003年8月31日、最後の3往復のうち、2往復目に出発するJA8772。
管制官の演出か、サハリン航空An-24と出発が重なった。




函館空港
函館空港は、札幌丘珠空港との間に、1日5往復のYS-11が運航されており、丘珠の次にYS-11がたくさん見られる空港でした。2003年5月31日、丘珠〜函館線の運航がA-Netに移管されると共に、運用が消滅。姿が見られなくなりました。

丘珠空港からの定期便でやってきたJA8722。丘珠に次いで
YS-11がたくさん見られる空港だった。2001年4月。

土砂降りの函館空港で翼を休めるJA8772。,BR>2002年7月。




根室中標津空港
根室中標津空港は、丘珠空港から毎日1〜2便のYS-11が運航されていました。これとは別に、東京と新千歳からジェット機によるフライトも運航されており、2003年まで運航が続きました。周りに牧場が多く、北海道らしい風景でYS-11が撮影できる空港でした。

個人的に気に入っている牧歌的情景のYS-11。この空港に
YS-11が飛来することはほとんどなくなった。2002年7月。

根室中標津空港も、ジェット機でないとブリッジでの搭乗はない。
シップまでは徒歩で向かう。2002年7月。




稚内空港(左) 釧路空港(右)
稚内空港は、札幌丘珠空港から1日2回、YS-11が飛来していました。晩年には1往復が新千歳発着に切り替えられ、2003年春にDHC-8に置き換えられて姿を消しました。

釧路空港も、札幌丘珠空港から1日2往復のYS-11が往復していました。こちらも2003年の早い時期にDHC-8に置き換えられました。

稚内空港で翼を休めるJA8729。このまま折り返し新千歳へと向かう。
2002年4月。

丘珠からの午後便でやってきたJA8735。ここで折り返し丘珠行きに
なる。2002年1月。




女満別空港
女満別空港は、最晩年になって、新規就航先として加わった空港です。2003年のわずか8ヶ月だけ、YS-11が運航されましたが、最後のフライトの出発地として、最終日には多数の航空ファンが詰め掛けました。

最後の乗客を乗せ、新千歳への出発準備中のJA8772.
2003年8月31日。

女満別空港の送迎デッキに押しかける多数の航空ファン。
おそらく女満別空港始まって以来の航空ファンの数ではなかろうか。




東京羽田空港(左) 高松空港(右)
東京羽田空港は、YS-11が就航して以来、日本各地へと向かうYS-11が多数見られた空港でした。しかし、次々と路線が減少し、2001年、最後まで残った東京〜大島線がDHC-8に置き換えられると、羽田空港発着の定期便からYS-11が姿を消しました。
高松空港は、1988年にジェット化されるまで、全てのフライトがYS-11によって運航されていました。ジェット化後も、1990年代までANKのYS-11が大阪伊丹空港との間を結んでいた他、日本エアシステム、後に日本エアコミューターの高松〜福岡線にも長らくの間YS-11が使用されていました。2005年〜2006年の年末年始にも、高松〜鹿児島線の機材大型化で飛来しています。

羽田を離陸し、三宅島に向かうJA8755。実はこの写真、JASのR&G塗装
のYS-11と、航空局のYS-11が写っている。JA8755,1992年10月。

1990年12月、高松空港で撮影されたANKのYS-11。この写真のJA8734は、
現在コウノトリ但馬空港に展示されている。





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