東亜国内航空/日本エアシステム/JAC


日本国内航空(JDA)と東亜航空(TAW)の合併によってできた東亜国内航空は、最大級のYS-11運航航空会社であった。特に1973年の最終号機(JA8788)の受領後、路線拡大などに伴ってブラジルのVASPやクルゼイロ、インドネシアのペリタなどで使用されていた航空機を買い戻すなどしたため、最盛期は40機のYS-11を使用しており、その1機1機に愛称(ペットネーム)がつけられていた。1988年に社名変更し、日本エアシステムとなったが、YS-11を1996年3月8日の東京〜南紀白浜線を以って運航終了した。
なお、日本エアコミューターで運航されている機体は、すべて元東亜国内航空/日本エアシステムの機体である。

1990年3月、高松空港に飛来したYS-11-108型(JA8648、つがる)。この写真が撮影された8ヵ月後に売却され、エアアルバへと移籍、その後2000年頃に米国で解体されている。

1993年6月に福岡空港で撮影されたYS-11-109型(JA8656、あかし)。レインボー塗装になった後はペットネームが消されてしまっている。福岡空港の方向転換は当時から行われていた。




1990年12月に大阪国際空港で撮影されたYS-11-109型(JA8665、あわじ)。中米、南米へのセールスデモフライトに向かった機体で、その後日本国内航空に納入され、1996年まで使用された。

1990年3月に大阪国際空港で撮影されたYS-11A-500型(JA8765、やしま)。この機体は初期のうちにレインボーカラーに変更された機体で、1990年頃にはまだこの機体ともう1機しかレインボー塗装のYS-11は存在しなかった。




1990年3月に大阪国際空港で撮影されたYS-11A-500型(JA8809、いこま)。ブラジル・クルゼイロ航空からの里帰り機材で、その後JACに引き継がれて、2003年7月まで使用された。詳細はこちら

レインボー塗装に塗り替えられた後、JACに移籍となったJA8809は、タイトルをJAPAN AIR COMMUTERに書き換え、尾翼に「JAC」と入れた状態で活躍した。




1990年12月、大阪国際空港で撮影されたYS-11A-500型(JA8792、とかち)。すでにレインボーカラーに変更されており、ペットネームも落とされている。この写真の当時は、まだレインボーカラーのYSは珍しかった。

1988年、高松空港(旧空港)で撮影されたYS-11A-623型(JA8807、たねがしま)。東亜国内航空時代の姿だが、1978年にペリタ航空(インドネシア)から買い戻した機体。1990年に米国へと売却された。





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