2003年9月 フィリピンのYS-11






YS-11に搭乗する前日にJALのB747-400でマニラに到着し、マニラからセブはセブパシフィック航空のB757で移動。セブ・マクタン空港近くのホテルに宿泊し、YS-11搭乗の朝を迎えた。ホテルから空港はすぐなので徒歩で向かい、空港に到着すると、まずはセキュリティチェックを通り、チェックインカウンターへ。タグビラランまでのチェックインしかできないそうで、荷物も一度タグビラランで引き取りになるとのこと。チェックインカウンターにはYS-11の機内を模したボードが備え付けてあり、その中から好きな席をもらうという方式になっている。
搭乗ゲートを通ると、飛行機へはバスで案内される。さすがにブリッジが付くことは無さそうだが、空港隅にLET410と並んで置かれていたYS-11の前でバスが停車し、搭乗となる。オープンスポットなので、写真撮影は自由。撮りまくってからRP-C3592の登録番号のYS-11に乗り込んだ。搭乗は日本と同じで、前方のタラップからである。
7時55分にドアクローズ、機内放送が入った。タグビラランまで25分で到着するとのこと。英語とタガログ語で放送が入れられているのは同じである。7時57分、ロールスロイス・ダートエンジンの回転が始まり、タグビラランまでのフライトがスタートする。続いて58分にエマージェンシーデモが始まる。これも日本で飛んでいた頃と全く同じ形態である。タキシングは短く、近くのタキシーウェイまで行くと、RW22をインターセクションしてラランウェイに入り、20秒ほど滑走すると、エアボーンした。


エアーニッポン時代と何も変わっていない機内




離陸してしばらくするとシートベルトサインが何時の間にか消されている。しかし、ほどなくしてシートベルトサインが点灯、こちらも予告、案内一切抜き。水平飛行している時間のない短いフライトだからこそこんなものなのかもしれないが、当然機内サービスもなかった。
8時14分、機長から客室乗務員への着席指示が出る。フィリピンではファイナルアプローチになるまで、客室乗務員が動き回っているらしい。ボホール島の綺麗なビーチと珊瑚礁の海が見えてくると、8時15分、タグビララン空港RW17に着陸した。
タグビララン空港は1480mの滑走路が1本、エプロンがRW35エンド付近にジェット機1機分のエプロン、小さなターミナルビルという、フィリピンのローカル空港といった風情である。飛行機を降りる時に、コックピットを少し見せてもらい、機長と話をすると、この飛行機が元JA8735であることが分かった。機長に「去年の1月、まだ日本で飛んでいる時に乗った」というと、非常にびっくりしていた。客室乗務員にマニラまで乗務するか聞いてみると、彼女たちはセブに戻るとのこと。ということは向かいに止まっているビルボード塗装の違うYSに乗れるのか、と思った。
降機すると同時に、YS-11の写真を何枚か撮影する。すると、機長が降りてきて、「この後は何時の便に乗るのか?」と聞かれたので、「今日のマニラ行きでマニラに行く」と言うと、「せっかくボホールに来たのに、ビーチにも行かずに?」と言われた。「今回の旅行はYS-11のためにフィリピンまで来たから、それだけで満足だ」というと、「そうか。じゃあ、マニラに帰るなら、一緒のフライトになるね。飛行機もこいつ(と、RP-C3592を指す)だから」と教えてもらった。



機内でサービスされたスナック




タグビララン空港で大急ぎで荷物を引き取り、再びチェックインを済ませると、マニラ行き980便の搭乗口へと向かった。その間にマニラから来たビルボードタイトルのYS-11がセブに向かうのを見送り、搭乗開始と同時に搭乗待合室で搭乗券を切ってもらい、YS-11の前で最後の乗客が来るまで撮影した。
8時54分、定刻の6分前にドアクローズとなった。8時55分には再びエンジンスタート、40分の短いタグビララン滞在を終え、これからマニラへと向かう。ロールスロイス・ダートのエンジン音が機内にも聞こえてくる。ほぼ同時にエマージェンシーデモが始まる。タキシングは、エプロンの出口からRW35に向かい、そのまま滑走を始めた。25秒ほど走るとエアボーン。マニラまで2時間の空の旅が始まった。
9時04分、気がつくとシートベルトサインがオフになっている。しばらくすると、キャビンアテンダントが機内サービスで新聞を配りに来た。続いてスナックのサービス。アジアンスピリットのロゴ入りのビニール袋に入ったスナックと、ドリンクとしてオレンジジュース(ロゴ入り)か水のチョイスだった。
スナックサービスが終わると、キャビンアテンダントがゴミを回収に来て、それで全サービス終了。あとは思い思いの時間を過ごすことになるのだが、そこに機長がやってきた。「これから休憩なんだ」と、ギャレーに向かい、コーヒーを飲みながら話をしている。そこに呼ばれたので、入っていって会話に加わる。


機長:「JA8735に何時乗ったんだ?」
私:「去年の1月です。釧路から札幌まで、北海道で飛んでる時ですね」
機長:「そうか・・・こいつの昔の姿を知ってる訳だな。この機材はオートパイロットがついてるから、こうやって休憩に出て来られる。ついてないタイプのも何機かいて、あれを操縦する時は、副操縦士に任せていくしかないしなぁ」
私:「へぇ・・・そうなんですか」
機長:「こいつはフェリーフライトもしたんだよ。羽田まで引き取りに行って、羽田から鹿児島まで飛んで、鹿児島でステイ、翌日那覇経由でマニラまで連れてきた。鹿児島はいい所だった。それに、YS-11がいっぱいいたしね」

他にもYS-11を中心にいろいろな話をし、客室乗務員も巻き込んで、YS-11後部でYS-11談義に花を咲かせるという、YS-11フライトとしては非常に面白い展開になった。




マニラ市街を望む




YS-11のフライトも残り30分弱になった頃、高度が下がり始め、シートベルト着用のサインがついた。今度は案内が入り、降下するのでシートベルトを着用してください、と入った。今日は最高高度18,000ftまで上昇しているので、これまでのYS-11の飛行高度の中では最高である。一応21,000ftで飛行できるようには設計されているが、長時間のフライトともなると、結構な高度を飛ぶようになっているんだな、と今さらながらに認識した。高度が下がり、マニラの街が見えてきた。ログに書いてもらったデータによると、RW24への着陸になるらしい。JALでマニラまで飛んできた時とほぼ同じ風景が眼下に広がっている。マニラの天気は晴れ、昨日セブパシフィックで出発した時の土砂降りの雨が嘘のような天気であった。パサイ・シティの様子が見えてくると、間もなく着陸である。10時51分、マニラ・ニノイ・アキノ国際空港RW24に静かに着陸した。
降機する時に、コックピットのドアが開いていたので、機長にお礼を言い、降機した。自分の乗った経験のあるYS-11に乗れたこともそうだが、フィリピンでJAナンバーをつけていたYS-11が元気に飛んでいる、それだけでも十分うれしかった。


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